竹内薫(サイエンス作家)

いまの夢は、15年後の現実になる。サイエンス作家・竹内薫が見たHAKUTOプロジェクト(前編)

2016.06.08

サイエンス作家 竹内薫

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科(専攻、科学史・科学哲学)、理学部物理学科卒業。
マギル大学大学院博士課程修了(専攻、高エネルギー物理学理論)。理学博士。科学評論、エッセイ、書評、講演などを精力的にこなす。
スポーツインストラクターの妻と猫4匹とともに横浜に在住。実家にも2匹の猫がいる。

月面でのロボット探査を競う国際宇宙開発レース「Google Lunar XPRIZE」に、日本から唯一参加するチーム「HAKUTO」。オフィシャルパートナーのKDDIと共に立ち上がった「au × HAKUTO MOON CHALLENGE」プロジェクトについて、今回は、テレビコメンテーター、科学評論、エッセイなど、幅広い知識をもとに活躍するサイエンス作家の竹内薫さんにお話を伺いました。今回のプロジェクトが日本の科学技術にもたらす意義とは? 竹内さん自身の「月」に対する思いから、宇宙開発の最新事情、果ては日本という国の特殊性に至るまで、さまざまなトピックについて語っていただきました。



アポロ11号の月面着陸に沸くアメリカを体験して、「人類って本当にすごいんだな……」って思ったのが、ぼくの原体験。

− 竹内さんは、宇宙論や素粒子論をはじめ、科学のさまざまな分野に精通していますが、HAKUTOが目指している「月」に関してはいかがでしょうか。

竹内:月に関しては、ぼくの場合、原体験がすごく大きくて。小学3年生のときに、父の仕事の都合でニューヨークに引っ越したのですが、ちょうど人類が初めて月に行った年だったんですよね。

− アポロ11号が人類史上初めて月面着陸した1969年に?

竹内:そうです。それで、アメリカ全体が考えられないような盛り上がり方をしていたんですね。ぼくもアポロの記念切手を買いに走ったり、家には『TIME』や『LIFE』誌の特別号があって、ニール・アームストロング船長の声が録音されているレコードが付録に付いてました。で、それを学校に持っていったら、先生がアポロがどんなにすごいかっていう授業をしてくれたんですよ。そのとき、子どもながらに「人類って本当にすごいんだな……」って思ったのが、ぼくの原体験なんです。

次のステップは、民間人が安いコストで月に行くこと。そうしないといつまで経っても、宇宙が一般の人のものにならない。

− ただ、アポロ11号の月面着陸以降、月に関してはあまり大きなニュースがなかったように思うのですが、いかがでしょう?

竹内:そうですね。「人類が初めて月に行く」という目標が達成されて、次の目標は? っていう話になるわけですけど、国家プロジェクトで行われる宇宙開発は、「地球外生命の探索」が大きな課題なので、月よりも火星や土星の衛星エンケラドスなど、微生物が存在している可能性の高いところに挑戦しようとするんです。

− 宇宙開発において、「生命の探索」は重要課題の一つなんですね。

竹内:「生命を探す」ということは、そこに人が住めるのかということも関係してくるわけです。そのためには無人探査機で調査して、ある程度の安全性が確保できたら、実際に人が行くことが重要になる。HAKUTOのプロジェクトもまさにそうですよね。民間人が月に探査機を送って、月面を500メートル移動する。それが安全にできるようになったら、人が月に行ってもいいよねってなると思うんです。だからぼくの考えでは、宇宙開発の次のステップの一つは、民間人が月に行くことだと思うんですよ。

− 民間人が月に行ける時代も近そうですか?

竹内:これまでは、国が主導でものすごい予算を投入して、月に人類を送りこんでいたわけじゃないですか。で、それは達成できた。じゃあ次はどうなるかと言ったら、民間人が比較的安いコストで月に行くことだと思うんです。そうしないといつまで経っても、宇宙が一般の人のものにならないので。だから、民間人がビジネスとして回せる宇宙開発の時代が来るとして、その場合、やはり最初は月ですよね。地球から一番近い天体だし、まずは月に行かないとその先もきっとないと思うので。

− かつてのように国家レベルで宇宙開発を進める時代は、いったん区切りがついた。

竹内:月に関してはそうかもしれません。国策として宇宙開発を進めるとき、アメリカやロシアは特にそうですけど、当然ながら軍事的な意味も含まれてくるんですよ。それらの国にとって、軍事と宇宙開発の予算は不可分なところがあるので。ただ、日本の場合は違っていて、宇宙開発の軍事転用はほとんどないんですよね。日本でロケットを打ち上げても、それをミサイルにしようという話にはならない。

− 宇宙開発を平和利用だけに使おうと考えている国は、世界広しといえども、日本くらいなんですね。

竹内:そうなんですよ。だから、ひたすら夢だけを追って、HAKUTOのようなプロジェクトを民間が行っているのは、本当にすごいことだと思うんです。あと、もうひとつ日本の宇宙開発の強みを挙げるなら、じつは民間と国が共同でやっているケースが多いんですよ。それによって民間にも宇宙開発の知見が蓄えられてすごく活性化している。あくまでも平和利用で夢だけを追う、そして民間がやる、それでアメリカやヨーロッパと同じレベルの技術を実現しちゃうわけじゃないですか。これは本当にすごいことだと思うんです。

ロケットを打ち上げる費用があまりにも高い。となると、「宇宙エレベーター」を作るしかない。

− 民間が宇宙開発を行うことのメリットは、どんなところにあるのでしょう?

竹内:やっぱり、何と言ってもコストダウンです。国がやるときは、一番最初なのであらゆる安全性への配慮など、どうしてもお金がかかってしまうんですよ。それを民間でやるようになったら、コストダウンを必ず考えていくわけじゃないですか。それによって、安く安全に宇宙に行ける時代がやってくると思うんですよね。宇宙事業については、もう世界中の企業が乗り出しているので、そこはもう少し日本企業も頑張っていかないといけないところではありますね。

− 民間による宇宙旅行というワードを、最近よく聞くようになりましたが、実際に行ったという話はまだ耳にしません。何か大きな問題があるのでしょうか。

竹内:コストの視点で言うと、ロケットを打ち上げる費用があまりにも高いという問題があるんですよ。たとえば、月に行って何か資源を手に入れて持って帰ってくるときに、その輸送費を考えると現状ではペイできない。だから、コスト的にはロケットを使っている限り、まだちょっと無理があるんです。となると……やっぱり「宇宙エレベーター」を作るしかないと思うんですよね。

− 「宇宙エレベーター」は、将来的に実現性の高い構想なんですね。

竹内:もちろん、すぐにはできないと思いますよ。ただ、50年、100年先であれば十分可能だと思います。ワイヤーがピーンと伸びているところをエレベーターが1週間くらいかけて昇っていくわけです。高度36,000キロメートルぐらいまで。そこからだと、ちょっと押してあげるだけで月まで行けるので、コスト的にはかなり下がりますよね。ただ、それも初期投資は必要ですよ。たぶん、1、2兆円くらい(笑)。


TEXT & INTERVIEW

麦倉正樹 / MASAKI MUGIKURA

ライター / インタビュアー / 編集者。映画雑誌、音楽雑誌の編集を経てフリーランス。映画や音楽にまつわる人物取材やコラムのほか、人文科学系の論考や大学教授の取材など、さまざまなジャンルの記事を雑誌やWEBで執筆。

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