月への試練と耐久試験

【vol.5】過酷な月面環境に耐えられるプラスチックとは? 「材料強度試験」レポート

2016.08.03

プラスマイナス100℃以上の温度差がある、過酷な月面環境をシミュレーションして行われる「材料強度試験」。強度はもちろん、重さやコストも検討しつつ、ローバーに最適な素材を選ぶことが、月面探査成功の最終的なカギを握っていると言っても過言ではないだろう。HAKUTOはどんな素材を選ぶのか? シビアなテストの模様をレポートする。

HAKUTOが検討している新素材「ウルテム」とは

ロケットや人工衛星でよく使われる素材には、どんなものがあるだろうか? 宇宙に行くには、まず軽いことが最優先。ロケットは、重量のほとんどが燃料で占められているため、構造部分や搭載する人工衛星などを軽く作らないと、宇宙に飛び立つことすらできなくなってしまう。

そのため、一般的に使われるのはアルミ合金などの金属素材だ。アルミはもともと軽量だが、強度を確保しつつ、さらなる軽量化を図るために、格子状に削ったアイソグリッド構造や、内部が蜂の巣状の空洞になったハニカムパネルが使われることが多い。ただ熱に弱いため、耐熱性が求められる部分ではチタンなど別の金属も使われている。

金属以外では、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)もよく使われる。この素材は、シート状の炭素繊維にエポキシ等の樹脂を染み込ませ、熱を加えて固めたもの。非常に軽量で高い強度を持っており、HAKUTOのローバーでは、ボディ素材に採用される予定になっている。

HAKUTOのローバー。ホイールに使用するための素材を試験した

そして、これから注目して欲しい素材がウルテム(ULTEM)という、聞き慣れないプラスチック素材。耐熱性と強度に優れているだけでなく、最大の特徴は3Dプリンタの材料としても使用できること。HAKUTOでは、造形上さまざまな試行錯誤ができるよう、ローバーのホイール(車輪)での採用を検討。もし実現すれば試作段階でのコストダウンにもつながるため、「宇宙をもっと身近に」というHAKUTOのビジョンにもふさわしい素材として期待されている。

「高温でも強度があって、低温でもしなやかさを失わない」理想のプラスチックは存在するか?

今回、HAKUTOが実施した材料強度試験は、3Dプリンタ用のウルテムと、ウルテムの原材料でもあるPEI(ポリエーテルイミド)というプラスチック素材の特性を調べることが目的。月面は、昼と夜でプラスマイナス100℃以上の温度差がある環境。一般的にプラスチックは低温になると強度が上がるが、その反面、弾力性を失うため、衝撃で壊れやすくなってしまう。弾力性がないと、月面に着陸したときの衝撃などで、壊れてしまうおそれがあるのだ。

逆に高温の場合は、強度は下がるものの、弾力性が上がるため、衝撃では壊れにくい。しかし変形してしまってはホイールとしての機能が維持できないので、ある程度の強度は必要である。HAKUTOの古友大輔氏によれば、「高温でも強度があって、低温でもしなやかさを失わない」のが、ローバーに使うための理想のプラスチックだという。そんな理想のプラスチックとして、ウルテムの持つポテンシャルはどれほどなのだろうか?

材料強度試験を担当したHAKUTOチームの古友大輔氏(中央)

温度差270℃というハードな環境で行なわれた「引張試験」

まずは、細長く造形した両素材のサンプルを両端から引っ張り、どのくらいの力まで耐えられるかを調べる「引張試験」。強い力に耐えられるほど、強度が高いことになり、同時にサンプルが伸びた「長さ」も確認する。試験温度は、マイナス150℃からプラス120℃までと、月面で想定される最大幅の温度差で計測が進められた。

引張試験の様子。サンプルを上下に引っ張る
引張試験後の3Dプリンタ用のウルテム。細い部分で切れている

弾力性と強度を同時にチェックできる「曲げ試験」

次は、同じく細長い素材のサンプルの中央と両端に逆方向の力をかけ、曲がったときの力を調べる「曲げ試験」。どこまで曲げられるのかも同時にテストすることで、弾力性と強度の両方を確認することができる。試験温度はマイナス40℃からプラス120℃まで。プラスチックは低温では強度は高くなる一方、弾力性が失われるという特徴がある。その特性を知るために各温度で限界まで力をかけて試験をした。

曲げ試験の様子。下から両端を押し上げている
曲げ試験(マイナス40℃)で割れた3Dプリンタ用のウルテム。割れた瞬間の力を計測した

ハンマーで「ウルテム」を壊し、その破壊エネルギーを調べる「衝撃試験」

さらに、振り子で動くハンマーでもあえてサンプルを壊し、破壊前後のハンマーの運動エネルギーの差から、破壊に要したエネルギーを調べる「衝撃試験」(シャルピー衝撃試験という)。このエネルギー値が大きいほど、壊れにくい素材ということになる。試験温度は、マイナス150℃とマイナス90℃。

衝撃試験の装置。下の大きな振り子でサンプルを壊す
衝撃試験後のサンプル。ウルテムの原材料PEI(上、濃い色のもの)も3Dプリンタ用のウルテム(下、薄い色のもの)も中央で割れるまで力をかけた

3Dプリンタ用ウルテムより、原材料PEIのほうが強力だということが判明。しかし……

今回、3Dプリンタ用のウルテムの他に、PEIのテストも行なっていたが、高い耐熱性と強度を持つという特徴はPEIが3Dプリンタ用のウルテムのおよそ2倍と、圧倒的に上回る結果となった。今回の試験をうけてHAKUTOはローバーのホイールの素材として、3Dプリンタ用のウルテムだけでなく、PEIそのものを使うことも候補として考えているそうだ。

しかし、PEIを使う際のデメリットとして、3Dプリンタが使えないということがある。PEIは、高価な金型が必要になる「射出成形」という手法を使うが、これは大量生産に適した手法であり、月面探査ローバーのような少ロットの生産においては高コストになってしまう。また、金型を一度作ってしまった後は、容易に設計変更できなくなってしまうという問題も挙げられるだろう。

曲げ試験(-40℃)後のPEI。ほぼ元通りの形状に復元している

材料強度試験の結果は「おおむね予想通りだったが、高温時の3Dプリンタ用ウルテムの強度が思っていたより低かった」(古友氏)とのこと。通常走行なら問題ないレベルだが、運悪く大きな岩に乗り上げてしまい、瞬間的に大きな負荷がかかったときには、破損する恐れもあるそうだ。

しかし、これは悲観的な話ではない。今回の試験はデータを取得して、設計にフィードバックしていくことが一番の目的である。強度が不足することがわかったら、その部分の構造を厚くするなどの対策を取ることもできる。月面に近い環境でウルテムの特性を測定できたことは、ローバー開発として大きな前進だと言えるだろう。

強度はもちろん、生産コスト、そして重量などが天秤にかけられ、実際に月面探査ローバーに使用する素材が決定する。現時点で3Dプリンタ用ウルテムかウルテムの原材料PEIか、どちらを採用するかはまだ確定していないが、「遅くとも8月末までには決めたい」(古友氏)とのこと。完成したローバーがお披露目になったら、ホイールの素材についても注目して欲しい。

PROFILE

大塚 実 / MINORU OTSUKA

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の"なぜ"を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

撮影
櫻田亨、大塚実

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