ムッタが訊く!【第2回】HAKUTOローバー誕生秘話を、東北大学吉田教授に訊いた!

みなさんこんにちは。南波六太です。おかげさまで大好評の「ムッタが訊く!」。いろんな宇宙の専門家に、私、南波六太が直撃。ややこしい宇宙の話を、わかりやすーく聞いていきます。
今回のゲストは、ispaceの取締役CTOを務める、東北大学大学院工学研究科の吉田和哉教授。宇宙探査ロボットの第一人者で、HAKUTOのローバー開発にも初期段階から深く携わっています。吉田教授の人となりや宇宙探査ローバーの歴史、そして、HAKUTOとの出会いなど、色々な話を聞いてみたいと思います。

【後編】月面の走行に特化して、宇宙探査ローバーの技術を進化させ続ける

2016.10.27

南波六太

宇宙飛行士。自動車設計会社を経て、宇宙飛行士選抜試験に合格。CES-66ミッションクルーに任命される。宇宙飛行士の南波日々人は弟。

吉田和哉教授

東北大学工学研究科教授。ispace取締役CTO。宇宙ロボットの力学と制御を専門に、小惑星探査機「はやぶさ」、月面探査ローバーの開発などに参加。

ムッタ:では、吉田教授が初めて手掛けたローバーについて教えて下さい。

吉田:「マーズ・パスファインダー」で使用された小型ローバー「ソジャーナ」にそっくりなローバーを作ったのが最初です。NASAのローバーの秘密を解明しようと思って。1996年頃です。

ムッタ:どんな秘密を暴いたんですか。

吉田:秘密というか、「ソジャーナ」は岩がゴロゴロしている火星を走りやすいように設計されているということですね。我々は、月を走るローバーを目指していたので、方向性が違うと感じました。

ムッタ:吉田教授は、そんなに早い時期から月に行くローバーを研究していたんですね。

吉田:そう。日本でロボットによる宇宙探査があるとしたら月面だろうと思っていました。もし、そういったプロジェクトが動き出したら、いの一番に協力したいと考えていたので、月面を走るローバーを研究することにしたんです。

ムッタ:それで、一号機が完成したのはいつ頃ですか。

吉田:1999年ですね。ご存じだと思いますが、月の地表はレゴリスと呼ばれる細かい砂で覆われています。我々は、その柔らかい地面を走る技術を15年以上かけてブラッシュアップしてきたんです。研究室の一角に、走行試験用の砂場も作っていますよ。

ムッタ:しかも、あの砂はかなりレゴリスに近いとか。

吉田:NASAが月の石を持ち帰ったお陰で、レゴリスの成分は判明しています。一般には販売していませんが、「ルナ・レゴリス・シミュラント(月の模擬砂)」として開発している企業があるんですよ。我々もその模擬砂を使って実験しています。

ルナ・レゴリス・シミュラント(月の模擬砂)

ムッタ:売ってるんだ!。個人的に欲しいかも…でも、わざわざ模擬砂を使ってまで走行実験をするということは、月面を走るには色々と工夫が必要なんですね。

吉田:特に車輪の工夫です。NASAのローバーは車輪が6つある代わりに直径が小さい。これは、ゴツゴツした場所は上手く走れるですが、火星の砂地にハマって抜け出せなくなってしまった。そこで、僕たちは車輪の数を減らして一個あたりの直径を大きくしたんです。さらに、柔らかい砂地でもしっかりとグリップするように、車輪に羽を付けました。

ムッタ:フライトモデルでは、できるだけ軽量化するために、羽の数も23枚から15枚に減らしていますね。

吉田:そのあたりも、何度も実験とシミュレーションを繰り返しました。

ムッタ:では、そろそろ、HAKUTOとの出会いを訊かせて下さい。

吉田:それを語るには、国際宇宙大学の話をしなくてはいけませんね。

ムッタ:国際宇宙大学か。宇宙に憧れる人は、一度は入学を考える大学です。

吉田:国際宇宙大学は、宇宙科学や宇宙工学、宇宙政策、法律、宇宙医学、宇宙建築、さらには宇宙芸術など、広い分野を学べる国際的な高等教育機関です。実は、世界初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」を主催しているXPRIZE財団の会長、ピーター・ディアマンディスも学生時代に立ち上げに携わっています。

ムッタ:素晴らしいですね。

吉田:僕は1998年から毎年、講師として夏期セミナーの合宿講義に参加しています。のべ2000人ぐらいは教えているかな。同じ釜の飯を食うので連帯感が生まれますよ。

ムッタ:それだけいれば、各国の宇宙機関にお知り合いが多いのでは?

吉田:今、世界の宇宙機関で働いている中堅クラスの人材は、国際宇宙大学の卒業生が多いですからね。「Google Lunar XPRIZE」に参加しているチームにもたくさんの顔見知りがいますよ。

ムッタ:そんななか、吉田教授はどうしてHAKUTOと一緒に宇宙を目指すことになったのでしょうか。

吉田:「Google Lunar XPRIZE」が発表されたときに、これは絶対に参加するしかない、とすごくワクワクしたんです。しかし、自分一人では無理。手を挙げるタイミングを見計らっていたときに、アンドリュー・バートンから声を掛けられました。彼も国際宇宙大学で学んだ一人です。

ムッタ:アンドリュー・バートンは、HAKUTO誕生のきっかけとなった、「ホワイトレーベルスペース」の代表ですね。

吉田:「ホワイトレーベルスペース」は、オランダからGoogle Lunar XPRIZEにエントリーしていたチーム。ホワイトレーベルスペースは、月に着陸する船のエンジニアが中心です。月面を探査するロボットのエキスパートがいなかったので、ローバーの開発に力を貸してくれないかという相談をもらいました。

ムッタ:なるほど。「ホワイトレーベルスペース」は、資金調達と組織運営への協力をHAKUTO代表の袴田さんに打診していましたからね。ここで、吉田教授と袴田さんが出会うわけだ。

吉田:そう。2010年のことです。東大の本郷キャンパスでアンドリューの講演会があって、そのあと、本郷の飲み屋で朝まで飲み明かしました。その時に最後まで残っていた一人が袴田さん。二人とも民間の宇宙開発なんてまだまだ先のことだと思っていたけれど、アンドリューの話を聞いて、もしかしたら自分たちの作ったものが月に行くかもしれないと感じ、その可能性にワクワクしました。

ムッタ:HAKUTOの原点が本郷の飲み屋にあったとは……。とにかく、そこで生まれたのが、HAKUTOの前身である「ホワイトレーベルスペース・ジャパン」ですね。

吉田:しかし、「ホワイトレーベルスペース」は資金難から活動を停止しました。それをきっかけに、HAKUTOとして生まれ変わったんです。

ムッタ:厳しい時期もあったみたいですね。

吉田:はい。ただ、「プリフライトモデル1(PFM1)」が、2015年1月に参加チームの中で技術が進んでいるチームに贈られる「Google Lunar XPRIZEモビリティサブシステム中間賞」を受賞。そこから、弾みがつきました。

ムッタ:PFM1は、最も印象に残っている一台だとか。

PFM

吉田:PFM1の前に、プロトタイプモデル(PM)を3台、エンジニアリングモデル(EM)を1台作りました。それまでは、実験室にある素材でつくる「プルーフ・オブ・コンセプト」だったのですが、PFM1からは、打ち上げや宇宙環境に耐えうる部品や構造を設計に組み込んだ「フライト・レディ」の必要がある。HAKUTOメンバーで吉田研究室の留学生だったジョン・ウォーカー、HAKUTOのエンジニアである古友大輔さんや清水敏郎さんなどが頑張ってくれたおかげで、どうにか期限までに完成させて、厳しい審査員が見守るフィールド試験で、十分な性能を発揮できることを証明できました。

ムッタ:PFM1の完成から2年。2016年8月29日には、実際に月を走るローバーフライトモデルのデザインもお披露目されました。フライトモデルの開発もいよいよ大詰めです。子どもの頃に見た月の映像が、こんどは、HAKUTOがつくったローバーによって撮影されるんですね。

吉田:思えば、僕の原動力は常にワクワクを追い求めることでした。もう少しでローバーが月に行くと思うと、これまで以上にワクワクします。これからが大変ですが、頑張って行きたいと思います。

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