マジメ一辺倒だった宇宙機のデザインに「遊び」を。HAKUTOとTakramによるローバー開発秘話

2016.12.07

2016年8月、月面探査機であるローバーのフライトモデルを発表し、いよいよ2017年に控えたロケット打ち上げに向けてのカウントダウンを開始したHAKUTO。世界最小・最軽量のローバーを目指し、わずか4kg、全長580mmのボディに仕上がったローバーには、どのようなデザインの秘密が隠されているのでしょうか? HAKUTO代表の袴田武史氏とクリエーティブ・ディレクターの米澤香子氏、そしてクリエイター集団Takramの緒方壽人氏の三名が、実際に月に打ち上げる「フライトモデル」のデザイン開発エピソードを語ってくれました。

マジメ一辺倒だった宇宙機のデザインに「遊び」を取り入れる

―ローバーのフライトモデルをデザインするにあたって、初めにどんなコンセプトを設定されたんですか?

袴田:一番は「コストとパフォーマンスの最適解を探していく」ということで、小型軽量化と民生品の活用は非常に大きなテーマでした。もう一つは、いままでは宇宙機というとマジメ一辺倒で、見た目は後回しのデザインになっていたと思うんです。Google Lunar XPRIZEのミッションをクリアするために、月面を500m走行して動画を地球に送る機能はもちろん必要なのですが、そのなかでデザインに「遊び」を取り入れてほしいというお願いをしたんです。

左からHAKUTO代表袴田氏、クリエーティブ・ディレクター米澤氏、Takram緒方氏

米澤:最初に袴田さんから「遊び」と聞いたときは、けっこう悩みました。デザインに遊びを取り入れるにしても、ローバーの性能と両立するものにしたかったんです。たとえばボディの色ですが、一般的な宇宙機は、熱を吸収しないように銀テフロンのテープを表面に貼っているんですけど、HAKUTOのローバーはテープではなく、銀を蒸着(メッキ)しているんです。コストはかかるんですけど、テープよりも薄くて軽量化できるし、太陽光線の反射率を均一にできる。見た目的にも性能的にも、テープを貼るより有利になるんです。Takramさんにもなるべくエンジニアリングを考えたデザインを提案してくださいとお願いしました。

―デザインする側にとっては、なかなかの難題ですよね。

緒方:機能に根ざしたデザインという面では、Takramとしていつもオーダーをいただいている仕事なので、自然に受け入れられた気がします。Takramは多くのメンバーがデザインとエンジニアリングの2つの分野を行き来する「デザインエンジニア」を名乗っていて、ぼく自身も工学部出身なので、エンジニア的な部分とデザイナー的な部分があるんです。

それと宇宙機に関しては、「ARTSAT Project(衛星芸術プロジェクト)」というアートプロジェクトで、10cm角の超小型人工衛星をデザインしたことがあったんです。そこで経験したことが役に立ったと思います。

―「ARTSAT Project」で人工衛星をデザインしたときは、どんな苦労がありましたか。

緒方:コンセプトモデルから、エンジニアリングモデル、フライトモデル(完成品)と段階を進めていくと、制約が増えてきて、どうしても妥協しなきゃいけないことも出てくるんですけど、その制約のなかで、デザインの美しさと機能性、コストを両立するのが難しかったですね。今回のローバーでも、設計が進んでいくなかで、エネルギー的に当初の想定よりもソーラーセルを多くつける必要が出てきたりと、一番制約が厳しい段階からぼくらは参加したので、その難しさは感じましたね。

ボディで太陽光発電をしつつ、内部機器には熱が伝わらないように考えられたソーラーセルの並び方

袴田:今回のローバーで、特に難しかったのは熱の設計です。月面での着陸地点は、夜はマイナス40℃、昼はプラス100℃近くになるんですけど、民生品は動作温度が0〜50℃くらいに設計されているので、その範囲内に電子機器や基盤の温度を収めないといけないんです。でも、電力が限られているので積極的に冷やしたり、熱を加えたりする機能もつけられない。地球なら冷却ファンをつければ解決することも、宇宙には大気がないので意味がない。それ以外の方法でいかに熱を制御するか、そこが重要になってくるんです。

緒方:「ARTSAT Project」をやっていたときも痛感しましたが、地上では当たり前のことができないのが、宇宙ならではの難しさでした。

―熱を制御するために、どんな工夫をされたんですか?

米澤:ローバーのボディは、電子機器が載っているトップ、ソーラーセルが載っている両サイド、ホイールやギヤボックスを支えるボトムの合計4つのプレートから構成されているんです。それらをウルテム(耐熱性と強度に優れた、特殊プラスチック)という素材で挟むことで、お互いのパネルに熱が伝わらない構造になっています。

ispace実験室に設置されたローバー・フライトモデル

特にサイドのプレートに関しては、太陽光を吸収して電気に変換する役割があるので、必然的に熱くなってしまうんですけど、それがトップのプレートに伝わってしまうと、電子機器が壊れてしまう。だからトップのプレートには放熱しやすい素材もあわせて使用しています。また、ボトムのプレートにも地面から反射で入ってくる熱を防ぐ処理を施しています。

―ボディに配置されているソーラーセルは不思議な配列になっていますが、何か理由があるんですか?

緒方:まず、ローバーに搭載した電子機器の電力をまかなうには、5直列のセルが5並列分、つまり25枚のソーラーセルが必要だったんです。それをできるだけ小さい面積に収め、5枚×5列に並べると配線上無駄がないので理想、というのがエンジニアからの要求でした。実際に5枚×5列は実現できなかったんですけど、サイドプレートにソーラーセルをペタペタ並べて、手を動かしながら最適な形を探していった結果、このような配置になりました。

ローバー・フライトモデルのサイドプレートに貼られたソーラーセル(黒い部分)

米澤:ソーラーセルは斜めに配置されているんですけど、緒方さんには真っ直ぐ並んでいるデザイン案と両方出していただいたんです。それで電気系を担当しているエンジニアにヒアリングしたところ、セルの並び方によって配線の長さは多少変わるものの、大きく違わないことがわかりました。次に熱系統を担当するエンジニアに訊いたら、バッテリーが搭載されているローバー後方は、できるだけ熱から遠ざけたいということで、そこにソーラーセルがなるべく近づかないよう、斜めに配置する案を採用したんです。

―斜めにソーラーセルを配置したのは、デザイン的にかっこいいから、というわけではないんですね。

思わず「がんばれ!」と言いたくなるデザインを意識した
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