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アメリカからインドへ。どう乗り越えた? 相乗りパートナー変更の試練

2017.08.30

2015年2月、HAKUTOはGoogle Lunar XPRIZEのライバルチームAstroboticのランダー(月面着陸機)と相乗り契約の締結を発表した。Astroboticは中間賞3部門すべてを受賞しており、資金調達も順調に見えていたが、2016年末にレース離脱の可能性が浮上した。この困難を乗り越えるべく奮闘したHAKUTOエンジニアのインタビューを交えながら追っていく。

SORATOは月へ、どのように運ばれるのか?

HAKUTOは、Google Lunar XPRIZEのミッションを達成するため、月面探査ローバーSORATOを開発しています。しかしSORATOを月に届けるためには、地上から大気圏を突き抜けて宇宙空間まで飛び出す「ロケット」と、ロケットから切り離されて地球周辺から月までの38万kmを移動する「ランダー(月面着陸機)」が別に必要になります。
また、ランダーに固定されたSORATOを、大気圏を抜けるまでの数分間、音響・振動・空気との摩擦熱など、過酷な環境から守るカプセルのような役割を果たす「フェアリング」という部分も重要です。

ちょうど、【荷物】を【コンテナ】に格納し、【荷台】に載せて【トラック】で運ぶというような状況を想像すると分かりやすいでしょう。
今回【荷物】にあたるのはSORATO、それを【コンテナ】であるランダーに固定します。【コンテナ】を載せた【荷台】に当たるのがフェアリングで、それを運ぶ【トラック】に当たるのがロケットになります。

ロケットは多くの燃料を積み、積み荷を地球周回軌道の高さまで運び、地球の重力に負けて落ちてこない速度で、ランダーが載ったフェアリングを軌道に投入します。
フェアリング(ロケットの先端の部分)は真っ二つにパカッと割れて、その後は、ランダーだけになって月を目指します。

ロケットが月へ飛行する様子(PSLVの場合)

打ち上げまで残り1年というタイミングで、ランダー変更を余儀なくされたSORATO

HAKUTOはローバー開発に集中するため、ロケットとランダーは外部で調達する(お金を払ってサービスを買う)、という方針を早い段階で固め、2015年2月には、アメリカのAstroboticのランダーに相乗りする契約を結びました。Astroboticは事前評価も高く、資金調達も順調で、当時レース優勝に最も近いと考えられていました。そしてAstroboticのランダーが載るのは、アメリカの民間企業SpaceXが開発するロケットFalcon9です。

ところが、2016年になっても肝心のAstroboticのランダーの仕様が固まりません。もしかしたら2017年末までにはSORATOを打ち上げられない可能性がありました。

最悪の事態に備えて他の選択肢を探し、検討と交渉の末、ロケットの打ち上げ日が決定していて、レース期限内に月に向かうことが確実なインドのライバルチームTeamIndusを新しい相乗りパートナーに決めました。

その後、2016年末にAstroboticはレースからのリタイヤを発表。HAKUTO以外で相乗りする予定になっていた他の2チームも共にレース失格となってしまいました。

ランダーとロケットの変更がなぜそれほどクリティカルなのか

トラックが変われば荷台の形も乗り心地も変わるように、ロケットが変わるとフェアリングの仕様や環境条件が変わります。また、コンテナが変われば中に入る荷物にも様々な制約が出てくるように、ランダーが変われば、中に載せられる体積や質量、さらにはランダーを介して行う月と地球の間の通信方式も変わります。パートナー変更にともない、目的地(月面着陸予定地点)も変更になりました。
これらの影響がどのようなものだったのか、そして限られた開発期間の中で、HAKUTOメンバーがどのように対応したかを追っていきます。

TeamIndusのオフィス内実験場にて(バンガロール, インド)

どのくらい大変かというと、普通にやれば、年単位で遅れるレベルのインパクト。

さて、なんとか無事にロケットとランダーを確保し、ファイナリストの5チームには残りましたが、残る開発期間は限られていました。打ち上げ期限までたった1年というタイミングで、ランダーとロケットが変更になったインパクトは、HAKUTOで通信システムを担当している清水さんが「普通にやれば年単位で遅れてしまう」と語るほど大きなものでした。

「体積、質量、接合形状、電子機器、ランダーからの電源供給、通信のプロトコル・インターフェイス。マネジメントとしては開発がやり直しになった部分もあるし、数カ月分の仕事がふっとんだ状況なので、開発費も増えてしまった。打ち上げのタイミング、打ち上げ場所も変わったし、地上管制のしくみも変わるでしょうね」と振り返ります。

通信担当の清水さん

ロケット変更の影響で、振動条件はかなり厳しく

ロケットに荷物を載せるとき、ロケット提供側からは「このくらい振動に強いものを作ってください」という条件が提示されますが、この条件はロケットによって違います。

SORATOが載るロケットはアメリカの民間企業SpaceX社が開発するFalcon9から、インド宇宙研究機関(ISRO)が開発するPSLVに変わりました。Falcon9は液体燃料を使った液体ロケット、PSLVは固体燃料を使った固体ロケットで、固体ロケットの振動は、液体ロケットのそれに比べてずっと大きくなります。

このため振動試験もやり直し、強度を増やすために、ボディに使用しているCFRPというカーボン素材の製造手法を工夫するなどしてより剛性を上げて対処しました。

月までの航行中に電源がもらえない!?

打ち上げ後、ランダーは地球周回軌道から38万km離れた月まで宇宙空間を航行しますが、この間、深宇宙の温度−273℃に晒されながら月面到着を待つことになります。太陽光が当たる面は温められますが、その面積が小さいため、SORATOはかなり冷たくなります。

Astroboticのランダーでは、月までの航行期間中、SORATOにも最低限の電力を供給してくれることになっていたので、SORATOの電源を入れて状態をモニターしながら月まで行く予定でした。

ところが、TeamIndusのランダーでは電力がもらえず、SORATOの電源も切らなければならないという話になりました。しかしそれでは熱源が全くなく、電子機器もバッテリーも冷たくなりすぎて壊れてしまいます(バッテリーは−20℃〜−40℃、電子機器は−40℃〜−60℃の範囲に収めなければならない)。
せめてSORATOを温めるヒーター分の電力だけは確保しなければなりません。

HAKUTOで熱設計を担当する田中さんは当時のことをこう語ります。
「もらえるワット数で、SORATOが生きるか死ぬかが決まる。ここがダメなら本当にSORATOは動かなくなるので必死で交渉しました。たくさんの解析結果を出して、どうしてもこれだけの電力は必要だと説明して……。時間的にタイトで、2〜3日で結果を出してそれを持って交渉に行く、というような感じでした」

お互いにギリギリの交渉の末、8.5Wの電力をもらえることになり、SORATOのバッテリーと電子機器それぞれに温度センサーとヒーターを取り付けて、一定の温度の範囲に収まるようにヒーターが自動的に作動するようにして対処しました。

熱設計担当の田中さん

通信速度が10000分の1になり、プロトコルも変更。

月面で行う地球との通信は、基本的にランダーを介することになりますが、ランダーが変わったことで、通信方式が大きく変更になりました。

例えば、Astroboticは、通信プロトコルに地球上で一般に使いやすいプロトコルを用いていますが、TeamIndusは昔から宇宙開発で使用されていたプロトコルを採用していました。プロトコルが変われば、これまで作ってきたソフトウェアをほとんど書き直さなければなりません。

また通信速度は、Astroboticのランダーと比較してなんと10000分1と非常に遅いものでした。回線の安定性を重視するとこれ以上速度を上げられないというのがTeamIndusのエンジニアの主張ですが、これに対しては現在も対処中で、通信量を劇的に少なくする工夫をしている真っ最中です。

さらにSORATOの通信機器も、現在TeamIndusが開発中のものを使ってほしいと言われましたが、十分なテストもできないものを使うのはリスクも高く、議論の末、通信機器はTeamIndusとHAKUTOが共同で開発することになりました。

着陸地点の緯度が低くなり、熱条件は厳しくなった

TeamIndusの月面着陸予定地点は「雨の海」という場所で、月のおよそ北緯35度に当たります。これはAstroboticの着陸予定地点の「ラカス・モーティス」より10度赤道寄りになり、その影響で地面(月面)の温度が高くなり、SORATOの電子機器とバッテリーが正常に動作する範囲に収まらなくなりました。

これに対処するため、SORATOの天井部分に設置した放熱面の設計を見直しました。もともとは、製造や設計変更のしやすさを考えて4つの窓を天井に作り、それぞれの窓に熱をよく伝えるマグネシウムのプレートを取り付けていましたが、窓枠の部分さえももったいないということで、天井すべてを1枚のマグネシウムプレートにしました。

また、特に熱に弱いバッテリーを守るため、SORATO内部をMLI(※)で分割し、バッテリーだけ他の電子機器とは離れた区画に隔離するように配置しました。

「今から構造を大きくは変えられないので、SORATO内部の変更で対応できるよう、小技をめっちゃ使いました」と田中さんは語ります。

  • ※ Multi Layer Insulationの略
    人工衛星などでよく見られる表面のキラキラしたフィルム。輻射率の小さい素材の多層構成のシートで、宇宙空間や他の物体に対する断熱に使用します。
SORATOの熱真空試験の様子

数々の変更は本当に大変だけど、月に行けないよりはいい。

相乗りパートナー変更について、厳しくなった熱条件に対してさまざまな工夫をしてきた田中さんはこう振り返ります。「Astroboticが月へ行かない、という話が出たときは、すごくショックでした。条件が大きく変わり、時間もない中で新たな方法を模索し、数々の変更は本当に大変だけど、月に行けないよりはいいと思いました……。でもやってみたら本当にキツくて、今も余裕はほとんど無くて、一番クリティカルな問題から対処しているような感じです」

メンバーの中でもっとも作業量が増えたとみられる通信担当の清水さんは「何が違うって、もう全部と言えば全部だよね」と苦笑。さらには開発を進める以前に、関係性を築くことも一から始めなければならなかったという困難もありました。時間のないなかで、成果を上げるために、「互いに顔を突き合わせて、一緒に手を動かして、泥臭い方法でコミュニケーションをとっています。メールでの連絡では、らちがあかないので、何度も直接インドに行きました。一緒に実験したり、こちらからも解決策を持っていって一緒に考えたり、一緒に飲みに行ったりしているとだんだんと仲良くなって、向こうから教えてくれたり、さらに頑張ってくれたり、コミュニケーションがうまく取れるようになってきました」

まだ対処中の問題も多く、課題も残っていますが、HAKUTOメンバーは期限までに必ず間に合わせるように動いています。 技術的な問題だけでなく、幾多の苦難を乗り越えて無事に月面へ到着し、SORATOが動き出したときも、多くのメンバーや協力者の奮闘に思いを馳せてみてください。

2017年12月28日の打ち上げを、そして月面からSORATOが送ってくる画像を見る日を、楽しみに待ちたいと思います。(※)

  • ※ 2017年11月8日 編集追記:
    XPRIZE財団がレース期限を2018年3月31日に改訂したことに伴い、ミッションの成功率を可能な限り高めるため、TeamIndusと打ち上げ日の協議を進めています。

PROFILE

間野晶子 / AKIKO MANO

海外や日本でリサーチャーとして活躍後、数値解析エンジニアとして活躍中。グローバルな経験を活かしライターとしてサイエンスコラムやWEBニュースなどで記事を執筆。HAKUTOのプロボノメンバーでSNSやメールマガジン等のコンテンツの執筆、編集などを手掛ける。

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