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ローバーの最終形態と月面でのミッション詳細を大公開

2017.12.20

いよいよ打ち上げが近づいてきたHAKUTOの月面探査ローバー「SORATO」。これまでに様々な試作を行ってきて、昨年8月には、ついに本番用のフライトモデル(FM)が発表されるに至った。しかし、それから相乗り先の変更という、大きな出来事があったため、ローバーも修正する必要に迫られた。HAKUTOは、この難題にどう対応したのか。
また、先日発表された「月面でのミッションプラン」を紹介する。

ランダー変更の衝撃

ローバーの開発は、一般的に何段階かの試作を繰り返して進められる。HAKUTOの場合も、2011年のプロトタイプモデル(PM)から始め、エンジニアリングモデル(EM)、プリフライトモデル(PFM)と試作を重ね、機能や性能を検証。そのノウハウをもとに、最後にフライトモデル(FM)のデザインを決定した。

フライトモデルとはその名の通り、フライト用の実機ということであり、通常であれば、これがそのまま打ち上げられる。だがSORATOの場合、フライトモデルの設計が固まった後で、相乗りするランダーが変更になってしまった。これはローバーにとっては、非常に影響が大きいことだ。

フライトモデルの開発時、相乗り先は米Astroboticで、ロケットはFalcon 9を予定していた。しかし、AstroboticがGoogle Lunar XPRIZEから撤退したことで、相乗り先をインドのTeamIndusに変更、ロケットはPSLVを利用することになった。

ローバーにとって、ランダーは月面まで運んでくれる乗り物である。この乗り物が変わるということは、それまでの大きさで格納できるのか、それまでの重さで運べるのか、というレベルで変更が求められる可能性すらあった。SORATOの場合、そこまで大きな変更が無かったのは幸いと言えるが、それでも様々な変更が必要になった。

HAKUTOでは、最初のフライトモデルをフェーズI、変更後のフライトモデルをフェーズIIと呼称しているとのこと(以下、本文ではそれぞれ、FM1/FM2と表記する)。何がどう変わったのか。チーフエンジニアのJohn Walker氏に詳しく話を聞いた。

[関連記事]・アメリカからインドへ。どう乗り越えた? 相乗りパートナー変更の試練

変更その1: 車高が低くなった

FM2では車高が低くなり、アンテナは高くなった

ランダーの変更により、最も影響が大きかったのは熱設計だ。いや、正確に言うなら、これはランダー自体による問題ではなく、ランダーの着陸地点による問題である。Google Lunar XPRIZEでは、着陸場所は指定されていないので、各チームで自由に決めて構わない。当然、相乗り先が変わったら、着陸場所も変わるわけだ。

Astroboticは月面で見つかった縦孔の探査を狙っていたため、北緯45度の「死の湖」に着陸する予定だった。しかしTeamIndusのミッションでは、着陸場所は同28度の「雨の海」となる。

着陸場所がより赤道に近くなるため、ローバーが受ける熱量は増大する。そのままだと内部の電子機器が高温になり、異常を引き起こす恐れがあるので、放熱能力を強化する必要があった。SORATOの放熱面は、本体の天板。つまり、単純に天板の面積を増やせば、放熱能力をアップできることになる。

そこでFM2では、本体の上部3分の1をカット。これにより、天板の面積が増え、放熱能力は3割ほど大きくなったという。外観の印象はかなり変わるものの、SORATOの内部はもともとほとんど空洞。見た目ほど、内部の変更は大きくない。

ただ、放熱能力を強化した結果、今度は逆に「冷えすぎる」という問題も出てきた。月面への着陸は、月面の"朝"に実施される。朝は太陽の高度が低く、それほど熱くはならない。真昼に合わせた熱設計だと、朝の数日間は冷えすぎてしまうのだ。

この問題は、天板の形状を工夫することで解決した。FM2の天板は凹んだ形状になっており、側面と底面でコーティングを使い分け、側面は熱を吸収、底面は反射するようにした。朝は太陽が低く、光を天板の側面で多く受けるので、冷えすぎを防ぐことができるというわけだ。

FM2の天板は凹んだ形状になる

ところで、TeamIndusは当初、北緯35度への着陸を計画しており、この段階では、まだ上記の形状変更は必要なかった。しかしその後、TeamIndusは着陸の精度を上げるため、詳細な地形データを入手できた同28度への変更を決定。その結果、SORATOの設計変更が必要になってしまった。

HAKUTOがこの通知を受けたのは、今年の夏頃だったという。時間が限られる中での、ギリギリの対応だったと言えるだろう。

変更その2: アンテナが変わった

SORATOはランダーを経由して地球と通信を行う。FM1では、長距離通信に適している900MHz帯と、高速な通信が可能な2.4GHz帯という、2種類の周波数を使う予定だったが、ランダー側の都合により、FM2では2.4GHz帯のみになってしまった。

SORATOは背が低いため、通信の電波は地面からの影響を受けやすい。この影響を少なくし、離れても安定した通信を実現するために、FM2では展開式のアンテナを採用。ランダーに搭乗している間は水平にしておいて、月面に着陸した後に垂直に展開するようにした。これにより、従来よりもアンテナ先端の位置は30cmほど高くなり、2.4GHz帯でも、500m以上の長距離通信が可能になる見込みだ。

ただ、展開方式の採用には、「もし展開しなかったら」というリスクが伴う。もちろん堅実な方式を採用するものの、万が一、展開に失敗したら、通信距離は大幅に短くなってしまう。SORATOには天板のアンテナを直接見ることができるカメラはないため、展開の失敗が疑われるときは、TeamIndusのランダーやローバーから見てもらう以外に確認する方法はない。

変更その3: さらに軽量化が進んだ

そうした構造変化による重量の増加を受けつつ、重さ4kgという超軽量なローバーを実現するため、FM1からはさらに軽量化が進められた。大きな改良は、ボディのモノコック化だ。両側面と底面のパネルが一体構造になったおかげで、ネジを15個も削減できたという。

また、FM1とFM2を見比べると分かるが、FM2ではホイールの銀テフロンコーティングが省略されている。詳細なシミュレーション解析の結果、ここには必要ないことが分かったそうで、これにより、トータル15gの軽量化になった。

まさに乾いた雑巾を絞るような努力であるが、こうした様々な工夫の積み重ねにより、やっと4kgという軽さを実現することができたのだ。

FM2ではホイールの銀色のコーティングが省略された

現場の頼れるカナダ人リーダー

自信作であるFM2を解説するJohn Walker氏

カナダ人のWalker氏は2010年、東北大学・吉田研究室へのインターンシップで来日。これがきっかけとなり、以降、HAKUTOのローバー開発に関わることになる。

Walker氏はチーフエンジニアとして、現場のローバー開発を率いる立場。リーダーが日本人でないというのは、インターナショナルなHAKUTOらしいと言えるが、広報担当の秋元衆平氏はWalker氏について、「仕事のやり方がすごく日本人っぽい。モノ作りが大好きで、CADが趣味なほど」と評する。

その一方で、ビジネスメンバーからの無茶な要求があったときでも、必要性をちゃんと理解して、エンジニアを説得してくれる。「そういうビジネスセンスもある」(秋元氏)のだという。

開発したローバーについて、Walker氏は「自信作」だと述べる。「インドへの輸送が近づくにつれ、問題はどんどん解決され、残り少なくなってきた。FM2で要求は全て満たせていると思う」と、ミッションの成功に自信を見せた。

Walker氏は、Google Lunar XPRIZEのあとも、引き続き月面探査に関わっていきたいという。「今回のミッションでは非常に良い経験を積めている。参加している他のチームは競争相手だが、志を同じくする友人でもある。このミッションが終わってから、将来、みんなで協力して新しいプロジェクトを立ち上げることもあるだろう」

月面でのミッションプラン

FM2は月面に到着後、どのように活動するのか。最後に、最新のミッションプランについて紹介しておこう。

月面ミッションの主な流れは、以下のようになる。

(1)ランダーから分離
(2)システムチェック
(3)ムーンキャスト送信
(4)500m走行
(5)ムーンキャスト送信
(6)5km走行

ランダーが無事に月面に着陸できたら、SORATOを分離。同時にSORATOの電源がオンになるので、システムチェックを行い、異常が無ければ、いよいよミッションスタートだ。

Google Lunar XPRIZEのミッションで要求されているのは、(3)〜(5)のタスクである。ムーンキャスト(撮影した動画や静止画などのデータ)の送信を実行してから、500mの走行を開始。月面では24時間体制の連続運用となるものの、慎重に少しずつ前進させるため、わずか500mながら、この達成には丸3日ほどかかる見通しだ。

地上での運用は、以下の画面を見ながら行うことになる。様々な情報がぎっしり詰まっているが、中央に見えるのが、SORATOから送られてくる準リアルタイムの映像だ。通信速度が50kbpsしかないという厳しい制約の中、KDDI研究所の映像技術により、解像度はVGAサイズ(640×480ドット)、フレームレートは5fpsを実現できる模様だ。

SORATOのオペレーション画面。※開発中のもので、実際の操作画面とは異なります

500mの走行ルートは、以下の図のようになる予定だ。前述のように、SORATOはランダーから500mくらい離れても通信できるよう考えられているが、月面では何が起こるか分からない。このように2回ターンして500mを走るようにすれば、最も離れる場所であっても、十分マージンがあり、リスクは小さい。

またこのルートは、SORATOが側面から太陽光を受け、発電しながら走行できるよう工夫されている。東から昇った太陽が、徐々に南側に移動するのに合わせ、直線の向きが変わっていることが分かるだろうか。

そして500mの走行が完了し、再びムーンキャストを送信してGoogle Lunar XPRIZEの勝利条件をクリアしたあとは、延長ミッションとして、Google Lunar XPRIZEのボーナス賞に挑む。ボーナス賞はいくつかの種類が用意されているのだが、HAKUTOが狙うのは5kmの長距離走行だ。この走行ルートは下図のようになる。

約550mとなる三角形を、花びらを描くように9回走行する

この延長ミッションは、時間との勝負になるだろう。月面では、2週間の長い昼と、2週間の長い夜が繰り返される。SORATOは極寒の月面の夜に耐えられるようには作られていないので、チャンスは最長でも2週間のみ。最初の500m走行で運用の練度を上げ、いかにスピードアップできるか。そのあたりがカギになりそうだ。

PROFILE

大塚実 / MINORU OTSUKA

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の"なぜ"を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

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