月への試練と耐久試験

【vol.7】ローバーが鳥取砂丘を走った4日間。HAKUTOのフィールド試験を密着レポート!

2016.10.12

9月27日から9月30日の4日間、鳥取砂丘において、ローバーのフィールド試験が実施された。すっきりしない天候が続き、雨の間を縫っての試験となったものの、予定していた試験項目はほぼ完了。有意義なデータを得ることができたという。現地での試験の様子はどうだったのか。ここで詳しくレポートする。

 

鳥取砂丘ってどんなところ?

鳥取砂丘は、南北2.4km、東西16kmもの広さを持つ日本有数の砂丘である。標高47mの砂丘列「馬の背」など見所が多く、観光地としても有名だ。観光の中心は東側のエリアなのだが、HAKUTOのフィールド試験が行われたのは反対の西側。こちら側は観光客も少なく、落ち着いた環境で試験を実施することができた。

フィールド試験が行われた鳥取砂丘。初日は晴れていたが…

今回のフィールド試験は、HAKUTOと鳥取県の連携協力により実現した。初日の試験の合間には、平井伸治・鳥取県知事が現地を視察。応対した袴田武史・HAKUTO代表に次々と質問を浴びせるなど、HAKUTOのプロジェクトにかなり興味を持っている様子だった。

平井知事は現場を見て、「未来を感じた。月に近い環境ということで鳥取砂丘を選んでもらったが、この雄大な砂の世界が、こういった試験に役立つとは思っていなかった」とコメント。「これからも地域を挙げて応援していきたい」とエールを送ると、袴田代表も「ここで再び試験ができれば嬉しい」と応えていた。

視察に訪れた平井伸治・鳥取県知事と、袴田武史・HAKUTO代表

HAKUTOチームが今回、鳥取砂丘で予定していたのは、「カメラ」「通信」「運用」という3項目の試験である。これらの試験の概要については、前回のレポートで紹介しているので、本記事を読む前に、そちらも参照してほしい。

 

 

オートとマニュアル、どちらが良い?

まず初日に行われたのはカメラ試験だ。フィールドに障害物を置いて、プリフライトモデル3(PFM3)で走行。可視光カメラと赤外線距離センサーからどう見えるかを確認した。カメラ試験は日中も行われたのだが、今回のメインは夜間の試験である。強力なライトで太陽光を模擬し、より月面に近い光環境の中でどうなるかが注目ポイントだ。

日中のカメラ試験。手前にある障害物は発泡スチロール製
夜間のカメラ試験。まさに月面のような雰囲気になっている

以前米国で同様の試験を行った際、可視光カメラの露光時間、つまり画像・映像の明るさを自動調整させていたのだが、今回の試験ではマニュアル制御をテスト。自動調整では、見たい障害物を見やすい状態に保持したり、画像を地球に送ったりする際のデータ量に無駄が生じるためだ。ローバーの位置や向きを変え、様々な光の当たり方で試したところ、マニュアル運用でも実用に耐えることが分かったという。

可視光カメラで取得した画像。露光時間はマニュアルで調整した

赤外線距離センサーについても、パラメータを調整しながら、データを確認。障害物も正確に検知できており、問題は無かったようだ。また3日目の夜間に追加で実施したテストでは、赤外線フィルターの使用も試したという。実際にフライトモデル(FM)に搭載するかどうかは未定だが、ノイズを低減する効果が高ければ、搭載する可能性もありそうだ。

赤外線距離センサーからのデータ。奥にある大きな障害物が可視化されている

コブを乗り越えても通信できる?

通信試験では、フライトモデル(FM)のモックアップを使用。ランダーと同じ高さ(150cm)のところにルーターを設置しておいて、ローバーを移動させたときの電波強度の変化を調べた。なお、フライトモデルで実際に使用する通信機は出力が大きく、国内では法的に使えない。今回の試験で使用したルーターはFMに搭載する通信機よりも出力が弱いので、何mまで通信できたかという数字自体にはあまり意味は無い。あくまでも電波の特性を調べるのが目的だ。

当初、通信試験は2日目の日中に行う予定だったのだが、この日は朝からの降雨が予想されていたため、急遽、前倒しで初日の夜間に実施。時間が短い上、暗くて作業効率が悪いという問題もあり、最低限の内容にせざるを得なかったものの、とりあえず実際の砂丘の地形を利用した計測を行うことができた。

まずは10mの位置から計測。ここから徐々に遠ざけていった

翌日の通信試験は結局、雨のため中止になったのだが、この日はHAKUTOに協力しているKDDI総合研究所の技術者3名が現地を訪れており、朝からミーティングを開催。前日に取得したデータを検討し、今後の試験方法等について話し合った。また砂丘の視察も行い、どこで試験を行えば厳しい月面環境を模擬したデータが得られるか、試験場所の選定も行われた。

アンテナが地面に近く低い位置であるほど、地面からの影響を受けて、遠くで電波を受信しにくくなる。HAKUTOのローバーは小型のため、アンテナ位置が低く、この影響を特に受けやすいのだが、初日の試験で予想よりも電波が受信できなかったとのことで、KDDI総合研究所からは、改善策としてアンテナを高くした場合のデータの試験が必要という要望が出された。

ミーティングの様子。KDDI総合研究所からの技術者3名が参加した

そのため、アンテナ位置を20cm高くして、予備日だった4日目に再度試験を実施。小さなコブ状の地形を利用して、それを乗り越えたときの電波強度の変化を計測した。月面で目の前に障害物がある際に、乗り越えても大丈夫か、迂回して別経路にすべきかどうか、などの運用方針に反映する。またアンテナを高くすると同時に、2本のアンテナの間隔を広げる変更も行った。このようにすることで、2本同時に通信状況が悪くなることを避けやすくなるという。

アンテナ位置を20cm上げて、配置も対角線の場所に変更している
小さなコブを利用。この位置だとローバーのアンテナが見えない

実は電波の強さは一定ではなく、電波と電波の谷を生むフェージングの影響で数十cm動くだけで大きく変動することがある。FMのモックアップは走行機能がないため、試験開始当初はHAKUTOメンバーが手で持って運んで10m程度間隔の定点測定を行っていたのだが、これだとフェージングの影響を十分評価できない。そこで、KDDI総合研究所のアドバイスにより、現地で急遽ソリを製作することに。ソリの上にモックアップを乗せ、引っ張りながら計測することで、連続したデータを得られるようになった。

今回の通信試験では、電波の直接波と地面からの反射波を考慮する「二波モデル」というシミュレーションモデルの有効性を確認することが大きな目的だった。現地で計測したデータのグラフには、二波モデルに特有の形状が出ているそうで、電波強度の予測に、引き続き二波モデルが使えそうだということが分かった。

ローバーを人間が引っ張るという、あまり見ることがない風景

月面でローバーを運用するには、安定した通信が欠かせないため、HAKUTOにはKDDI総合研究所が技術協力を行っている。KDDI総合研究所にとっても月面は未知の領域であるが、基地局(ランダー)と移動体(ローバー)という構成自体は携帯電話システムと同じ。これまで培ってきた知見を生かして、アンテナの設計や試験プランの策定など、さまざまな助言を行ってきた。

しかし、通信技術のプロフェッショナル集団であるKDDI総合研究所とはいえ、「我々が普段考慮しているのは、人が携帯電話を持って使う位置、いわゆる頭の高さなので、こんなにアンテナ位置が低いのは想定外の領域」(リーダーの岸洋司氏)だったという。電波の反射も月面上と地球上では大きく違い、なかなか一筋縄ではいかないようだ。

KDDI総合研究所の本間寛明氏、岸洋司氏、中野雅之氏(写真左から)

月面探査は、KDDI総合研究所にとっても大きなチャレンジである。技術的な難易度は高く、解決すべき課題もあるが、岸氏は「HAKUTOチームは、様々な専門分野を持つ技術者が集まり、高いレベルで融合している。そこに参加させてもらっているので、我々も技術者としてすごくやりがいがある」と、表情はあくまで明るい。

もちろん、auが月面で通信サービスを開始するわけではなく、基本的には”技術チャレンジ”の側面が強いものの、「今までは基本的に、人が使うことを前提にサービスを提供してきたが、今後はIoTが普及し、ロボットや自動車による通信も増えてくるだろう」と岸氏。それを見据えた技術開発としても意味があるということだった。

 

 

プロの目でローバーの運用をチェック!

天候が回復してきたため、運用試験は当初の予定通り、3日目の夜間に実施することができた。月面での見え方に近づけるために、初日のカメラ試験に引き続き、太陽光を模擬するライトを使用。またローバーを目視で操作できないよう、地上局テントのPCは砂丘とは反対向きに設置されていた。

雨のため日中にリハーサルが行えず、運用試験のセッティングをフルコンフィグで砂丘で試すのはこのときが初めてだった。ぶっつけ本番ということもあり、ローバーとの通信で不具合が発生。この不具合の解決に時間がかかってしまい、試験は深夜3時にまで及んだものの、2人のオペレータが交代でローバーを操作して、運用試験の目的は果たすことができた。

地上局テントのPC。本番と同じく、画面の情報だけでローバーを動かす

運用試験のコース。ローバーの前には、所々に障害物が置かれている

この運用試験は、事前に準備した運用手順でローバーを動かしてみて、問題を洗い出すことが目的だった。そのため、当日は外部の専門家にも立ち会ってもらい、実際の運用作業を全てチェック。今後、専門家からのアドバイスをフィードバックし、運用手順の完成度を高めていく予定だ。

今回のフィールド試験の実施担当者だったHAKUTOチームの田中利樹氏は、「雨で時間は限られてしまったものの、重要な部分についてはほぼデータが取れて、ほっとしている」とコメント。詳しい解析についてはこれからとなるが、まずは無事にフィールド試験を終えて、一安心といったところだろう。

HAKUTOチームの田中利樹氏(右)。実施担当者として試験の指揮を執った

現地では、連日のように夜遅くまで試験が続き、メンバーには疲労もたまっているだろう。鳥取砂丘に来るまでの準備作業も大変だったはずだ。打ち上げまで、まだまだ先は長い。今回の試験で様々な課題は出ただろうが、まずは少し休んで、それからミッション実現に向けて、このタフな挑戦を再開してもらいたいと思う。

 

 

PROFILE

大塚 実 / MINORU OTSUKA

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の”なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

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