2016年12月。米国のAstroboticが「Google Lunar XPRIZE」から撤退したことで、月面への輸送手段を失ったHAKUTO。新たにローバーの相乗り契約を締結した相手がインドのTeamIndusである。

この度、共同開催するイベントのためにTeamIndusが来日。TeamIndusのビジネスデベロップメント&パートナーシップ部門のリーダー、Sridhar Ramasubban氏(愛称:Sri)に話を聞いた。

若手とベテランが融合。それがTeamIndusの強み

—まずTeamIndusについて、聞かせてください

2012年に発足しました。最初は小さいチームでしたが、現在、メンバーは120人まで増えました。その80%以上がエンジニアです。経験が数年の若手から、50年の経験を持つベテランがいます。フランスの宇宙機関であるCNESなど、海外との協力も進めています。

—インドは2008年に月探査機を打ち上げた経験がありますが、TeamIndusにそういったプロジェクトの関係者はいますか?

はい。我々のミッションマネージャーは、ISROの火星探査機「マンガルヤーン」のミッションマネージャーを務めていました。また、かつてISROの人工衛星開発でヘッドだったエンジニアも構造部門をリードしています。こうしたベテランが若手に教えながら開発を進めているため、普通なら10年かかる開発を2年でやることができました。

—Google Lunar XPRIZEでは開発だけでなく、どのチームも資金調達に苦労しています。TeamIndusはどのような資金調達をしたのでしょうか。

詳細を公表できませんが、主に3つの手段です。1つめは株式の発行、2つめはHAKUTOのようなペイロードの輸送費、3つめはクラウドファンディングとスポンサー企業です。

TeamIndusのローバー名は、ヒンディー語で小さな願い

—開発しているローバーとランダーについて、聞かせてください。

我々のローバーは「ECA」(イカ)といいます。これはインドのヒンディー語で”小さな願い”という言葉の頭文字から名付けられました。またランダーの名前は「HHK」で、こちらも同じくヒンディー語で、”我々は成功する”という言葉の頭文字になっています。

2017年末に打ち上げるため、わずか2年〜2年半の短期間で、製造、テスト、組み立てを行う必要がありました。ランダーもローバーも、今後の数週間で、エンジニアリングモデル(試作機)を使った振動試験など、各種テストを行います。並行してフライトモデル(実機)の組み立ても始めていますが、かなりタイトなタイムフレームで開発しています。

TeamIndusのローバー「ECA」。重量は7kgで、30°の斜面を上る能力があるという。走行速度は最高10cm/秒。SORATOと同じく、4輪で駆動するタイプのローバーだ。
TeamIndusのランダー「HHK」。打ち上げ時の重量は600kgだが、その3分の2は燃料が占め、月面到着時には210kg程度にまで軽くなる。それほど月面は遠いのだ。

民間による宇宙探査を今後も継続

—着陸地点を「雨の海」に決めた理由は?

どちらかというと消去法です。まず、過去に他国が着陸したテリトリーの近くには行きたくなかったこと。山やクレーターが多いと着陸が困難になるので、そういったものが少ない平地であること。様々な分析を行いましたが、この2つが大きな理由です。

—サイエンス的な成果も何か期待していますか?

サイエンス的には月の北極や南極が面白いと思いますが、技術的に難しい。まだ誰も着陸したことがありませんし、最初からそんなリスクは取れません。サイエンス的な興味もありますが、今回はGoogle Lunar XPRIZEのミッション達成をまず重視しました。ただ、我々の次のミッションでは、極域への着陸も検討しています。
また、今はGoogle Lunar XPRIZEに集中しているので、本格的に始めていませんが、将来のプランとして、月周回ミッション、人工衛星ビジネス、ドローンビジネスなどを考えています。これらは、1つ1つの技術は違っていても、コンセプトや哲学は同じ。たとえば、ドローンの自動制御には、ランダーの技術が応用できます。

我々は、宇宙への輸送手段を提供したいと考えています。将来は、火星や小惑星に行くようになるかもしれませんね。たとえばHAKUTOを運営するispaceの月に行く目的は、月面の資源探査ですよね。月、火星、小惑星、それらへ行く目的は、カスタマーが決めることです。

月面では絶対HAKUTOに勝ちます(笑)

—民間初となる月面探査プロジェクトを成功させる自信は?

こればかりは、正直言って、やってみないと分かりません。今回のミッションにおいて、月への着陸が技術的に最も難しいところです。これで、ミッションが成功するかどうか決まってしまう。成功か失敗か、1か0のどちらかしかありません。一番難しい部分なので、我々は時間をかけて開発を進めています。

—月面着陸したあとは、HAKUTOとTeamIndusの競争ですね。

月面では、両者で同時にスタートするフェアなレースにするつもりですが、絶対に我々が勝ちます(笑)。ただ、Google Lunar XPRIZEの真の目的は、民間の力で月面に着陸して走行すること。誰が勝っても、人類にとっての大きなステップになることに違いはありません。

—最後に、日本のHAKUTOファンにメッセージをお願いします。

まず、HAKUTOへの応援をよろしくお願いします。そして、今回のミッションは、インドと日本の良いパートナーシップの第一歩となることでしょう。今後も様々なミッションをインドと日本で一緒にやっていけるようになるといいですね。

Sridhar Ramasubban氏

米国でMBAを取得して、それから10年間、米国で勤務。分野は金融工学で、宇宙とは関係なかったが、3年前にTeamIndusに来て、事業戦略を担当している。

インタビューを終えて

HAKUTOのライバルであると同時に、パートナーでもあるのがTeamIndusである。

TeamIndusは、彼ら自身がGoogle Lunar XPRIZEのプレイヤー。優勝を目指すチームであり、その点ではHAKUTOの競争相手となる。しかしHAKUTOのローバー「SORATO」を月面まで運び、地球との間の通信回線を提供してくれるのも彼らだ。HAKUTOのミッションが成功するためには、まず彼らのミッションの成功が欠かせない。

特に注目すべきは、月面に着陸するランダーの完成度だろう。TeamIndusが使用するロケットはインドの宇宙機関ISROが開発したPSLVで、この信頼性は高い。月探査機を打ち上げた実績もあり、不安はない。だが、惑星や衛星への着陸というのは、国のプロジェクトでさえ失敗することがあるほど難しいことだ。果たして民間にそれが可能なのか。

TeamIndusのランダーであるHHKは、月周回軌道から月面への軟着陸を実行する着陸船であると同時に、ロケットから分離後に月周回軌道へ向かう宇宙船でもある。システムは当然複雑になるだろう。月面着陸などは地球上で同環境のテストはできないため、どうしても「ぶっつけ本番」にならざるを得ないが、普通に考えればかなり無茶な話だ。

しかし、Sriの話を聞いて安心したのは、TeamIndusには宇宙開発の経験豊富なベテランが加わっているということだ。成功のために、これはかなり大きい。今回、ランダーの技術について詳しい話は聞くことができなかったのだが、HAKUTOの技術リーダーである東北大学の吉田和哉教授は、「コンサバティブで手堅い設計」との印象を受けたという。

当初の相乗り先だった米国のAstroboticのランダーは、最新の画像認識技術などを活用して高精度の着陸を狙っていた。これとは対照的だが、宇宙は本来、信頼性が特に重視される世界である。宇宙では、1つのミスが命取りになる。ミスをしないことが何より重要なのだ。手堅くなったのは、可能な限りチャレンジを避けた結果だろう。

筆者は2011年、HAKUTO(当時はWhite Label Spaceというチーム名)が初めて記者会見を開催したときから取材を続けている。それから6年。ようやく打ち上げが現実になろうとしており、最後まで見届けたいと思っている。彼らのローバーを、月面のスタートラインに立たせて欲しい。それができるのは、TeamIndusだけだ。

PROFILE

大塚実 / MINORU OTSUKA

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の”なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

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