ローバー(月面探査ロボット)は完成するまでに様々な試験を実施する必要がある。どんな試験を行っているのか。なぜ試験が必要なのか。このシリーズでは、そんな疑問に答えていきたい。第1回目となる今回は、2016年3月28日に宮城県産業技術総合センター(宮城県仙台市)にて行われた振動試験についてレポートする。

ロケットの激しい振動は宇宙に行くための最初の試練

機械は丁寧に扱った方が壊れない。コンピュータを内蔵するような精密機器ならなおさらだ。揺すってはいけないし、叩くなど論外である。HAKUTOが開発しているローバーも、本当ならば月面にそっと置いてから走らせることができれば安心だ。

だが、実際には理想通りにはいかない。最大の問題は、現時点で宇宙へ行ける唯一の手段であるロケットだ。ロケットは、エンジンの中で燃料を燃やし、発生した高温・高圧のガスを噴射する反動で進む乗り物である。ロケットの先端には、「フェアリング」と呼ばれる大きなカバーが取り付けられており、人工衛星やローバーなどの搭載物(ペイロード)は、その内部に格納されている。

何百トンもあるロケットを飛ばすには、大きなエンジンを使って、膨大なエネルギーを生み出す必要がある。問題はこのとき、エンジンの燃焼や大気との摩擦などにより、激しい振動が発生してしまうことだ。ロケットの種類により、振動具合は多少異なるものの、全般的に、その「乗り心地」は決して快適ではない。 

やろうと思えば、振動吸収装置を搭載するなどして、振動をある程度抑えることは可能だろう。しかしそういった装置を搭載したら、その重さの分だけ、搭載物を軽くしなければならない。それは大きなデメリットであるため、現在は、「振動を受けても壊れないようなローバーを作る」という方向で考えられているわけだ。

今回は、ローバーが振動を受けても壊れないかどうか、それを確認するための「振動試験」をHAKUTOチームで実施するということで、試験が行われる宮城県産業技術総合センターに訪問。試験を担当したHAKUTOチームの古友大輔氏に話を伺った。

「壊れる」ことが「実験失敗」とイコールではない

振動試験の実施方法は非常にシンプル。激しく振動する台の上にローバーを固定し、振動に耐えられるかどうか実際に試してみるのだ。ちょっと乱暴なように感じるが、これが一番確実な方法だ。

この試験は、ローバーに限った話ではなく、人工衛星でも同じように実施している。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の筑波宇宙センターには、何トンもある大型衛星を丸ごと乗せて試験できるような設備も用意されているほどだ。ロケットで打ち上げる以上、振動試験は必ず実施する必要がある。

振動の強さには通常、QT(認定試験)レベルとAT(受入試験)レベルの2種類がある。QTレベルの試験は、打ち上げ時に発生する実際の振動よりも厳しい条件で行う。これで壊れなければ安心だし、もし壊れたとしても、どのくらいの振動で壊れたかというのは重要なデータになる。「壊れる」ことが「実験失敗」とイコールではない。

QTレベルの振動試験は、開発中の試験機に対して行う。一方、本番の打ち上げで使うもの(フライトモデル)に対しては、ATレベルの振動試験を実施する。振動試験で耐久性を確認する必要はあるものの、激しすぎる試験でダメージが蓄積して、本番で壊れてしまっては元も子もない。そのため、ATレベルの試験は本番と同等の条件で行うのが一般的だ。

今回HAKUTOが行ったのはQTレベルの予備試験である。対象は、CPU基板、可視光カメラ、赤外線距離センサー、電力中継基板など、ローバーに搭載されるコンポーネント(部品)だ。試験条件については、HAKUTOが相乗りする予定のランダー(着陸船)を開発している米Astroboticからの要求があるため、それに基づいて実施した。要は「我々のランダーに乗るのなら、これだけの振動に耐えられるように作ってください」ということだ。(※1)

振動の周波数は、20〜2,000Hzの間でランダムに変化させる。加速度の大きさは、今回はQTレベルの試験だったので14Grms(※2)。実際の打ち上げでは様々な方向からの振動が加わるが、今回の試験では振動方向を前後(X軸)、左右(Y軸)、上下(Z軸)と変えて、それぞれ目標のレベルで1分間ずつ振動させた。


  • ※1 2017年1月19日 編集追記:
    12月19日付けでAstroboticはGoogle Lunar XPRIZEからリタイアを表明。また12月20日にHAKUTOは新たにTeamIndusと相乗り契約を発表しました。詳細はこちら。
  • ※2 「Grms」は、時間変化する加速度(G)の平均的な大きさを表す単位。rms(実効値)は「root mean square」の略で、2乗した値の平均の平方根を意味する。
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