扇風機が使えない? 地上と宇宙で違う熱の伝わり方

電子機器は、使用する温度に注意する必要がある。温度が高くなりすぎると、機器が壊れたり、寿命が短くなったりするからだ。かといって、逆に温度が低すぎても、それはそれで問題がある。人間と同じように、電子機器にも「快適な温度」というものがあるのだ。これは地上の機器でも宇宙の機器でも変わらない。

しかし、宇宙では過酷な温度環境への対応が必要となる。月面では、日向が100℃を越える一方で、日陰が-100℃を下回る場合もある。こういった高温・低温から機器を守るため、人工衛星やローバーには内部の温度を一定の範囲に収めるように工夫が施される。この工夫を考えるのが「熱設計」である。

まず、太陽光から受ける熱はできるだけブロックする。人工衛星の色というと金色のイメージがあるだろうが、あれは「サーマルブランケット」と呼ばれる多層断熱材だ。これで太陽光を反射して熱が入るのを抑え、同時に冷えすぎも防止している。消防士の防火服であり、毛皮のコートでもあるのだ。

一方で、搭載機器の中には発熱が大きいものもあるので、その熱は外部に放出しなければならない。人工衛星をよく見ると、金色の中に銀色の鏡のような場所が混じっていることがわかる。これは銀蒸着(コーティング)を施したテフロンやガラスで、太陽光を反射しつつ、熱を外に逃がす役割がある。

熱の伝わり方には、「対流」「伝導」「放射」の3種類がある。暑い夏の日、扇風機で涼しくなるのは、空気が熱を運ぶ「対流」によるものだ。対流による冷却は地球上の様々な場所で見ることができるが、宇宙には空気がないので扇風機をつけても役には立たない。

しかし、赤外線の「放射」であれば、宇宙のような真空でも熱を伝えることができる。テフロンやガラスによる放熱は、これを利用したものだ。地上でも、冬の天気予報で「放射冷却」という言葉を聞いたことがあるだろう。放射冷却は、夜間に雲がない場合に、地面が放射する赤外線で冷え込む現象のこと。原理はこれと全く同じだ。

熱真空試験は、このように地球とは異なる宇宙空間における熱設計を確かめるために実施する試験である。今回は、東北大学にて行われた熱真空試験に密着取材。試験を担当したHAKUTOチームの及川拓人氏に話を伺った。試験が行われた東北大学工学研究科の総合研究棟

高温環境でCPUの熱暴走を避けられるかがカギ

熱真空試験では、容器の中に真空の宇宙環境を再現する。人工衛星を丸ごと入れられる「熱真空チャンバー」と呼ばれる大がかりな装置が使われることもあるが、今回はコンポーネント(部品)レベルの試験なので、バケツ状の真空容器を恒温器(温度を一定に保てる装置)の中に入れるという方法で行われた。

この真空容器には、容器の内部と外部を繋げるコネクタが用意されており、真空状態を保ったまま、内部の機器に電力を供給したり、外部から動作状況をモニターすることが可能。テスト対象のCPU基板と赤外線距離センサーの各部には温度センサーが設置されており、その温度もリアルタイムで監視できる。

今回は、低温テスト(-20℃)と高温テスト(+60℃)を2回ずつ実施。HAKUTOのローバーは、電子機器の搭載場所を-20℃から+40℃に維持する予定だが、場所によっては+60℃になる可能性もあるため、高温は+60℃に設定した。

今回、及川氏が特に注目していたのは、CPUの温度がどうなるかということ。搭載する電子機器の中でも、CPUは消費電力が大きく、特に熱暴走を起こしやすいパーツだ。2年前、ローバーのプロトタイプで熱真空試験を行ったときは、思っていたよりも放熱が悪く、温度が上がりすぎてしまったのだという。今回は、新しい対策の効果を確認するという意味があった。

一般的にはアルミニウムが使用されがちなのだが、マグネシウムを採用したのは、熱伝導率(熱の伝わりやすさ)が同レベルで、さらなる軽量化が期待できるからだそうだ。熱伝導率だけで見れば銅の方が良いが、銅はいかんせん重い。月面への輸送費は重さ次第なので、軽さも重要な要素なのだ。

今回行われた熱真空試験では、CPU基板を3セット用意。そのうち2セットはマグネシウムの放熱板を取り付け、残りの1セットは比較用に無対策のままにしている。

試験の結果について、及川氏は「予想よりも良かった」と評価する。CPUの放熱のためには、まずマグネシウム板にしっかり熱を伝えることが重要。熱伝導が良いほど両者の温度は一致し、悪いほど温度差は大きくなる。今回の試験では、温度差は最大でも6℃程度。これなら、月面でもCPUの熱暴走を避けることができそうだ。

一方、赤外線距離センサーは、今回が初の熱真空試験だった。もともと宇宙用ではなく、民生品(大量生産されている市販品)であるため、真空でちゃんと動作するのか未知数だったが、問題なく動作したそうだ。

一方、赤外線距離センサーは、今回が初の熱真空試験だった。もともと宇宙用ではなく、民生品(大量生産されている市販品)であるため、真空でちゃんと動作するのか未知数だったが、問題なく動作したそうだ。

スペースシャトルの悲劇で芽生えた宇宙への夢

今回話を聞いた及川氏は米国育ち。生まれは日本だが、幼い頃にグアムに移住。日本に住んでいたときの記憶は「給食くらいしかない」という。大学への進学でアメリカ本土に行き、航空宇宙工学を勉強。卒業後に帰国し、東北大学の修士課程に進んだ。現在は博士課程の学生である。

日本に戻ったのは宇宙開発を学ぶためだったが、最初はHAKUTOのプロジェクトは知らなかったという。だが、「日本は人工衛星の実績はあるものの、月面ローバーは初めて。それを民間でやるのは大きなチャレンジだけど、どうせやるのならチャレンジングなことがやりたい」と思い、迷わずHAKUTOへの参加を決めた。

帰国した目的には、「日本語の勉強」もあったという及川氏。もう日本語もかなり上達したが、HAKUTOチームの中では今でもほとんど英語で話す。「HAKUTOチームはメンバーが多国籍。僕自身が海外に住んでいたので、すごく馴染みやすい環境なんです」と笑う。

及川氏が宇宙に関心を持ったきっかけは、スペースシャトル・コロンビア号の事故だったという。この事故で亡くなったウィリアム・マッコール宇宙飛行士は、少年時代をグアムで過ごした。当時、グアムの学校に通っていた及川氏は、「こんな小さな島でもすごい人が出るんだ」と感動し、「宇宙飛行士もいいな」と思い始めたそうだ。

将来の夢は、「小型ローバーで太陽系を探査すること」だという。「もっと先に行きたい」と語る及川氏にとって、月面は最初の一歩だ。月の先には火星がある。木星や土星の衛星も面白いだろう。どこまで行けるのか……その答えが出るのはかなり先になりそうだ。

PROFILE

大塚実 / MINORU OTSUKA

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の”なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。 撮影 

撮影
櫻田亨、大塚実

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